今回は、本『「数値化」中毒 なぜ手段が目的に変わるのか』について記載します。
本屋でこの本と目が合い。。。読んでみました。数値は好きではありますが、中毒ほどまにはまだまだ?!達していないのですが。。。
何気なく手に取ったのですが、「教育」のことも多く書かれていたので、興味ある方は見てください。
(紹介文)

面白そうでしょう?!
(目次)
第1章 数字に振り回される人生
第2章 指標が目的化すると、その意味が失われる
第3章 数値が制度にも影響する
第4章 私たちはつい測定に執着してしまう
第5章 概念と測定、診断について考える
第6章 数字の呪縛を解くためには
教育に関することを中心に記載しますがいつものごとく長くなっています。。。
◎は目次のタイトルです。『』で囲った箇所は、本から抜粋した内容です。
→の後は私のコメントとなります。
◎第2章 指標が目的化すると、その意味が失われる
◎合格者数を膨らませる
『「〇〇大学合格者・高校別ランキング」が広く注目を集めること自体、すでに「指標の目的化」が始まっているのです。もともと「合格者数」は、進学実績を把握するための数値にすぎなかったはずです。ところがこのようなランキングを示すと、それ自体が学校の評価指標になり、さらには達成すべき目標へと変わってしまうのです。』
→ すみません、ランキングをよく活用させてもらっています。。。
『本来は、生徒が自分の進路を主体的に考え、最適な環境で学ぶことを考えることが教育の目的としては重要なはずです。しかし、「国公立大学への合格者数」という指標が、「学校の評価」や「教師の成果」を測る目標になったとき、本来の目的は背景に隠れてしまいます。そして、高校全体が「国公立大学に何人合格したか」という数値の改善に向かうようになり、「どんな学びを実現したか」という、本来はより重要な側面が見えにくくなっていくのです。』
→ どうしてもこういうことありますよね。首都圏の高校でも「国公立大学への合格者数」は大きなアピール材料となっています。本来は多くの人がどこに進学したのかの方が大事だと思うんですよね。
◎電話をかけて数字を増やす
『おそらく、日本中の塾や予備校が発表している「早稲田大学合格者数」をすべて合計すると、実際の早稲田大学の合格者数をはるかに上回ることでしょう。
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こうして、実際の合格者数よりも「発表上の合格者数」が増えていくことになるのです。広告の紙面を飾る表面上の数字は華やかになり、塾同士の競争はますます激しくなります。しかし、その数字がどれほど実際の教育の質や指導の成果を反映しているのかは、だんだんとわかりにくくなっています。もともと成果を測るための数字が、成果そのものに変わっていくような入れ替わりの現象が進行しているのです。』
→ 塾や予備校は生徒を集めないといけないですから、実績を出すと保護者や生徒の中には安心する人もいると思うんですよね。駿台予備校が今年度から大学合格実績を発表するのを止めましたが、今だに昨年度の合格者数は出しているですよね。どうなんでしょう。。。
◎GPAの導入/「コスパの悪い」科目は避ける
『大学の成績はGPAという数値で表現されます。これは、成績ごとに定められた点数と単位数を掛け合わせたものの総和を、履修した総単位数で割って算出する数値です。GPAが学生たちの実質的な評価として用いられるようになり、進路や将来を左右するようになってくると、何かが変わっていったのです。学生たちが次第に、「学ぶこと」そのものよりも、「GPAを上げること」を目的として行動するようになったというのが、大きな変化のひとつです。
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ところが、GPAが評価や報酬の中心に置かれることで、学生たちは「GPAを高める」ことへと焦点を当てるようになります。そして、学生たちの行動が「GPAを高めること」への最適化されていきます。これはまさに「手段が目的化していく」と言ってよい現象であり、GPAという指標が目的化されると、GPAの本来の意味も次第に失われていくのです。』
→ GPAを重視しすぎると、成績が取れない教科は自然と避けるようになってきた。。。という話のようです。GPAは自身に降りかかってくるものなのでしょうがないな。。。とも思いますが。
◎第3章 数値が制度にも影響する
◎試験対策は是か非か
『日本では毎年、文部科学省が、全国の小学6年生と中学3年生を対象とした「全国学力・学習状況調査」を実施しています。
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平均点以下となった都道府県は対応に追われることになります。
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結果として、全国各地で調査前の「事前対策」が行われるようになっていきます。
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こうして、制度の目的は次第に変化していくことになります。調査は本来、「学力の現状を把握し、授業改善を行うためのツール」であったはずです。ところが、「わが県はどうか」「わが学校はどうか」というところに重点が置かれるうちに、目的は「平均値を上げること」へとすり替わっていったのです。結果として、学校現場では授業時間を削ってまで過去に出題された問題を解くことや模擬テストに取り組むようになり、制度全体が「テスト対策の制度」へと変貌していきました。測定された数値が行政や学校の評価基準として使われるようになると、制度そのものがその数値を守る方向に動き始めてしまうのです。』
→ これは問題になったことですね。恐らくいまだに対策は行われているんでしょうね。。。本には書かれていますが、必ず平均以下の都道府県は出てくるのに、対応に追われるのも。。。しんどいですね。
◎実際に何人が大学を受験するのか/受験回数を増やすことのメリット
『代々木ゼミナールの集計によると、2025年入試における全国の私立大学の志願者数は326万人に上るようです。しかし、この数字を見て、そのまま受け入れてはいけません。そもそも2024年1月から12月に18歳になった人々は、約109万人しかいません。
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推薦等で入学を決めず、一般試験を受ける受験生が約33万人で、国公立大学の受験生が約23万人ですから、残りは約10万人となり、これが私立大学を一般試験だけで受験すると推定される人数になります。国公立大学との併願で私立大学を受験する人数が20万人程度になります。以上のことから約30万人が私立大学の一般試験を受験すると推測されます。
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実際には、1人の受験生が大学を10校以上も受験するわけではないのです。
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一度の試験で、「3つの学科」に出願することができるようにしたのです。
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つまり、一人の受験生が複数の大学に出願することは普通のことなのです。そして、ひとつの大学で複数の出願を行い、それを複数の大学で行っていくのも普通のことなのです。こうして、一気にのべ人数が膨れ上がっていくのです。
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このような受験者競争の結果が、「全国の私立大学の志願者数は326万人」という数値なのです。これはある面では経営努力とも言えますし、別の面からすれば数値の追求でもあります。そして、数値の追求が、制度を大きく変えていくことにつながるのです。』
→ 私立大学の志願者数が過去最高だったニュースは最近もありましたが、こういうことを知っていると見方が変わるのかなと思います。志願者数にあまり意味がないことを。。。特にランキング上位大学は増やす工夫をしていますね。
◎就職率100%の背景にあるもの
『「就職率100%」というのは、卒業した学生全員が就職したという意味ではありません。就職率とは、「就職希望者」のうち「実際に就職した者」の割合を指します。
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就職が決まらないような学生に対して、「来年もう一度チャレンジしてみてはどうだろうか」と、留年を勧めるのもひとつの方法です。
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より確実に就職できそうな企業や職種への学生たちを誘導することも、就職率を高める方法のひとつです。
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数字が評価の中心になると、大学内部でも教員や職員の関心は「どのように学生を支援するか」から「どのように数値を守るか」へと移っていきます。制度が目指していた目的である、学生が自らの将来を見つめ、自分に合った進路を選ぶための支援は、いつのまにか「高い就職率という成果をもたらす制度を維持すること」へと変化していくのです。』
→ 数字の算出方法を知ると見えてくることもあります。分母に「就職希望者」を使っている以上、大学側がコントロールしようと思うとある程度できてしまう。。。という話ですね。
◎第4章 私たちはつい測定に執着してしまう
◎偏差値が世の中を左右する/受験偏差値は合否そのものではない
『「受験偏差値」という数値は、日本だけに存在するものです。国外でも、試験の得点を偏差値で表現する場合はあります。しかし、偏差値に基づいて「学校を序列化する」表現は、まず行われません。
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偏差値という数値を利用することは、教育を合理化し、受験の公平性を高めるという点では、一定の社会的意義をもちます。しかし、偏差値というひとつの数値だけが絶対的な社会的評価に結びつくことで、教育が本来目指すべき多様な価値が見えにくくなっているのも事実ではないでしょうか。』
→ 詳しくは本を読んでいただきたいですが、偏差値は便利なんですよね。。。みなさんも一喜一憂されているように。。。
◎第5章 概念と測定、診断について考える
ここから省略しますが、「複数の指標を単純化する」「多様な人物を選抜する方法」「「学力」という概念」、「「学力」の測定」・・・と内容が続きます。
通知表を例に説明が展開されています。
「本来は多面的・多次元的に評価すべきものを、「一つの得点で表現してしまうこと」による問題を端的に表しているのです。」は、「本来、簡単に合計すべきではない情報を「合計してしまう」ところにあります。」
と書かれています。確かにそういう側面は通知表にありますね。
第6章 数字の呪縛を解くためには
最後に以下のようなまとめが記載されています。
1.測定は「道具」であり「目的」ではない
2.測ることができないことの価値を忘れない
3.集団の最適化と個人の幸福を混同しない
4.予測は未来を保証しない
5.多層的な自己理解を取り戻す
6.不完全な道具と賢く付き合う
どれも参考になることが書かれています。教育のことも多く書かれているので、興味が出た方は覗いてみてください!
















